110505
居心地のいい場所

冷房も要らず、暖房も要らず、軽装でいられ、
電話や来客がなく、宅配便も手紙も来ない。
窓を開ければ遠く水辺線が見え、
かすかに海鳥の鳴き声が聞こえる。
裏手に回れば、自然林があたりを柔らかく包み、
緑が目にまぶしい。
大声を上げる人はなく、高笑いをする人もない。
昨日は遠く忘れ去られ、
明日はしばらく待たなければやって来ない。
目を閉じれば、想像上の人物の生き方が展開し、
思いを語りかけて来る。
彼らの人格も言動も想像した枠をはみ出ない。
野菜や果物は限りなく自然に近くあり、
魚介類や肉類も安心して食べられる。
道を歩けば、建物も街灯もみな、
一枚のキャンバスに描かれたごとく一定の色彩を保ち、
意匠も作家の手になったものと思わせる。

大部分の人は、欲が空しいものであることを悟り、
ほどほどにしている。
自分の生活と同じように、社会や世界を大切に考え、
水や空気の清冽さを意識する。
人は弱い存在であることを理解して、
他人に寛容であり、また、
人は生き方を変えられることを信じている。

数少ない友人たちは、創作意欲に富み、
音楽や文学、歴史や哲学、芸術論に雄弁である。
商才長けたように見える人物も、
実はナイーブであり、葛藤を抱えて仕事をしている。

そんな場があれば、
なんて居心地がいいんだろうと思うに違いない。
それは、探して見つかるものなのか、
あるいは自分で構築していくべきものなのか、
それがわからない。
もし、現実世界には存在し得ないものなのであれば、
自分の内面に架空の世界として
作り上げるべきなのかもしれない。

「昼寝ネコの雑記帳」(クロスロード刊)より転載