101007
頼むから訊かないでって言ったのに

確かに私は、姪のクレモンティーヌには、ひどく弱い。
その理由は、頼むから訊かないでくれって言ったのに、
問い合わせのメールが殺到した。
「なぜなんだ?」「どういう関係なんだ?」
余計なことを言わなければ良かった。

これまで、誰にも言ったことがないのだが、
私も加齢のせいか、全てを自分の胸の内に
秘めておくことが、段々難しくなってきてね。
なのに、忘れかけていた姪のクレモンティーヌが
どういう訳か、最近は連絡が多くなってきたんだよ。

・・・クレモンティーヌ。

気が重いけれど告白することにしたよ。
もう半世紀近く前になるんだが、
・・・決して人間の時間軸で考えて欲しくないんだが
私もあの頃は、生きるのにすっかり
疲れてしまってね。どこか静かなところで
神経を休めようと思って行ったのが
ドゥーヴィルの海岸だったんだ。
ちょうど避暑も終わりに近づいた頃だったが、
その頃には、ジャン・ルイの飼ネコと
すっかり意気投合してね。
というのも、子連れのアヌークは大のネコ嫌いで、
自分の黒い大きな犬をけしかけて、
ジャン・ルイの飼ネコに嫌がらせをしたんだ。
なのに、ジャン・ルイったらアヌークに首ったけ。
全然飼いネコに構わなくなってしまったのさ。

傷心の彼女は、海岸の外れにある旧い館に
身を寄せるようになったんだよ。
洋館の主は、青白い顔をした細身の女性でね、
起きてから寝るまでの間、ずっとピアノの前に
座っているんだよ。なのに弾くのは決まって
シャミナードのMeditation(瞑想)。それだけ。
その女主は、やがてジャン・ルイの飼ネコの存在に気付き、
そのもっと前にかくまってくれていた私と一緒に
場所をあてがってくれたという訳なんだ。
ジャン・ルイの飼ネコは、とっても綺麗な眼をしていた。
一日中、飽きもせずにシャミナードの同じ曲を聴きながら、
ときどき、ハラッと涙を流すようになってね。
嘆き悲しむ女性を放っとける?
そんなことをしたら、国連憲章違反だよ。

だからさ、まあ、そんな訳で、
私とジャン・ルイの飼ネコ(名前は言いたくない)は
お互いに必要とする存在になった訳さ。
みんな、ネコは一度に何匹も子を産むと思ってるんじゃないの?
昼寝ネコ一族は、排卵誘発剤でも服用しない限りは、
一度に一匹だよ。そうだよ。その通りさ。
クレモンティーヌは、そのときの子どもなんだよ。

とっても可愛い、小さな子だった。
ジャン・ルイの飼ネコは、私に名前を考えろって。
何も考えず、思いつきでクレモンティーヌさ。
でも、かわいい名前だろう?
ところがね、好事魔多しとは良く言ったもんだ。
夏の終わりだというのに、突然記録的な寒波が襲ってきたんだ。
ジャン・ルイの飼ネコは、必死でクレモンティーヌを
抱きかかえて守ったんだけどね。
とうとう力尽きて、私を独り残したまま
あっけなくいなくなっちまったんだよ。
悲しんでる暇なんかありゃしない。
世界ネコ会議から、急遽日本に行くよう要請が来たんだ。
泣く泣く、生まれて間もないクレモンティーヌを
館の女主に託して、私は日本に向けて発ったんだよ。
幸いに、近所に昼寝ネコ一族がいたので
私と兄弟・姉妹の縁組をし、彼らの子どもとして
育ててもらうことにしたという訳なんだ。
えっ?非情?薄情?まあ、なんとでも言ってくれ。
人生には、どうにもならないことだってあるんだよ。
今夜の私は、ちょっと不機嫌なんだ。
なんだって?どうせ作り話だろうって?
ふん、そんなに疑うなら、検察審査会でも何でも
訴えてもらって結構だよ。
そんなに言うんなら、当時の証拠動画を見てせてやるさ。
飼いネコがいなくなって慌てふためく
ジャン・ルイが、車であちこち探してるシーンが写ってるよ。
結局は、子連れのアヌークにすっかり熱を上げてしまい、
「まあいっか」で終わらせちゃったんだもの。
酷いもんだ。動画にはちゃんとアヌークと、連れ子の二人、
アヌークの飼い犬も写ってるから、見てみたらいいさ。
(この動画を観て爆笑した方は、映画通と認定します)